私たちがスマートフォンの銀行アプリやATMを操作して口座から一万円を振り込むとき、日常の感覚では「一万円の現金そのものを相手に送った」と捉えがちです。しかし、その一万円は一体どこを通り、どのような道筋をたどって受取人のもとへと届くのでしょうか。実際に紙幣を詰め込んだ車が銀行の間を行き来しているのでしょうか。それとも、ネットワークでつながれたいくつもの帳簿の上で、数字が書き換えられているだけなのでしょうか。
もし振込人と受取人の二人が同じ銀行の口座を使っているなら、話はとても単純です。その銀行の中で、預金の持ち主を帳簿上で付け替えるだけで処理が完了します。ところが、双方が利用する銀行が異なっている場合には、それぞれの顧客の預金残高を記帳するだけでなく、銀行同士の間で生じる資金の受け払い(銀行間決済)を別途行わなければなりません。さらにそれが国境を越える国際送金となると、異なる通貨同士を交換する仕組みや、現地の受取人に確実に支払うための外貨をどこで調達するかといった、一段と複雑な問題が関わってきます。スマートフォンの画面に何気なく表示される「送金完了」という短いメッセージの裏側には、このように幾重もの制度的な段階が存在しているのです。
そこでこの第1章では、まず私たちが普段使っている現金と銀行預金が、法的にいったい「誰の負債」にあたるのかという根本的な問いから確認していきます。そのうえで、国内の銀行間決済がどのように行われているのかを解き明かし、さらに国境を越える海外送金へと理解を進めていきます。ここでは、「支払いの指示(メッセージ)を送ること」「銀行同士の債権と債務を計算して相殺・清算すること」「最終的に資金を決済して完了させること」という三つの概念を明確に区別して整理します。
この違いをあらかじめ把握しておくことが、後の章でRipplePay、xCurrent、xRapid、ODLといった技術やサービスが登場した際に、それぞれが国際送金のどの段階の課題を解決しようとしたのかを正確に判断するための土台となるからです。各国の金融制度や送金経路は国や事業者によって細部が異なりますので、以下ではわかりやすい具体例を交えながら、決済の普遍的な原理を順を追って見ていきましょう。
この章の節
- 現金、銀行預金、銀行の帳簿
現金と預金の違いから、銀行の帳簿で残高が移る仕組みを説明します。 - 国内送金と銀行間決済
国内送金で利用者の口座と銀行間の資金がどう動くかをたどります。 - 国際送金を支える中継銀行と通貨交換
複数の銀行と通貨交換が関わる国際送金の基本を紹介します。 - 送金指示と資金決済の違い
送金の情報を伝えることと、銀行間で資金を移すことを分けて考えます。 - 事前に現地通貨を用意する理由
海外で支払うために現地通貨を事前に置く仕組みと、その負担を説明します。