住宅を買う人が増えて、銀行の融資が増えたとしましょう。融資によって新しい預金が生まれるのであれば、世の中を巡るお金の全体の量も変わってきます。反対に、借りた人が元本を返済すれば、その分だけ預金は減る方向に働きます。では、中央銀行があらかじめ紙幣の枚数を決めておき、その決まった倍数だけ家計の預金が機械的に作られるという「順番」だけで、現実の経済を正しく説明できるのでしょうか。ここでは、お金を借りる人(借り手)、銀行、そして中央銀行の判断が、どのように結びついて経済が動いているのかを一緒に考えてみましょう。
前の節で取り上げた「100万円の貸出」がたった1件だけであれば、経済全体に与える影響は小さく見えるかもしれません。しかし、住宅を買う人や設備投資をする企業が増えれば、銀行の融資が増えるとともに世の中の預金もどんどん増えていきます。逆に、借金の返済が進めば預金は減っていきます。つまり、世の中のお金の量は「銀行がいくら貸したいか」だけで決まるわけではありません。「借り手がどれくらい資金を必要としているか」、そして「きちんと返済できるか」も大きく関わってきます。このように、現実の経済活動に合わせてお金(貨幣)の量が変わっていくという考え方を、経済学の言葉で「内生的貨幣供給(ないせいてきかへいきょうきゅう)」と呼びます。
教科書に載っている「貨幣乗数(かへいじょうすう)」の図では、少し違う説明がされています。中央銀行が先に「準備預金(銀行が中央銀行に預けておくお金)」を供給し、銀行がその何倍かの預金を作り出す、という順番で描かれているのです。たしかに、この「何倍になったか」という比率は、起きた結果を後から整理する上では便利な考え方です。しかし、実際の銀行の窓口では、融資を決めるたびに先に一定額の準備預金を数え、そこから倍数を計算して貸し出しているわけではありません。実際には、まず返済の見込みをしっかり審査して貸し出しを行い、他行への支払いに必要となる資金をその都度あとから調達しています。中央銀行も、政策金利をコントロールする中で、金融機関が必要とする分の準備預金をしっかりと供給して対応しているのです。
だからといって、中央銀行の影響力がなくなるわけではありません。中央銀行が政策金利を引き上げれば、私たちが借りる際の借入金利や、銀行自身が資金を調達するコストにも波及します。その結果、家計や企業が「今お金を借りるべきか」という判断に大きな影響を与えます。また、中央銀行が金融機関から国債などの資産を買い取れば、その銀行が持つ日銀当座預金(銀行が日本銀行に持っている口座の預金)が増えることがあります。もし銀行以外の一般の売り手から買い取る場合には、その人の銀行預金が直接増えるというルートもあります。ただし、ここでも「準備預金が1万円増えたからといって、家計の預金も決まった金額だけ自動的・機械的に増える」という単純な関係にはなっていません。
たとえば、私たちがATMで預金1万円を引き出して現金に替えたとします。このとき、家計の手元にあるお札(銀行券)は増えますが、銀行口座の預金はその分だけ減りますよね。世の中に出回っている紙幣の発行残高と、銀行預金の総額は、こうした「人々が現金と預金のどちらを持ちたいか」という選択によっても動いていきます。そのため、「お札(銀行券)の量が増えたから、同額の新しい融資が行われたに違いない」と判断することはできません。融資、返済、そして現金の引き出しというそれぞれの動きを分けて追いかけてみると、中央銀行が金利や資金の巡り(流動性)に働きかけることと、家計の預金額を直接1件ずつ決めることは、まったく別の役割であることがよく分かります。
ここまでお話しした「内生的貨幣供給」という考え方は、決して「銀行がいくらでも好きなだけお金を貸し出せる」という意味ではありません。貸したお金が返ってこないリスクや、銀行自身の体力の目安となる自己資本の厚み、決済資金を調達するための費用などが、銀行の融資判断に常にブレーキ(制約)をかけています。このように、中央銀行、銀行、借り手の三者は、互いの行動を見ながら反応し合って動いているのです。では、そうして生まれた預金が、なぜすべて「円」という共通の単位で記録され、さらには税金の支払いにも使えるのでしょうか。次の節では、お金を発行する仕組みに加えて、国家や制度が果たす重要な役割について見ていきましょう。