日本で働く人が、フィリピンに暮らす家族へ生活費を送る場面を想像してみてください。送金する人がスマートフォンに受取人の名前と金額を入力し、「送金が完了しました」と画面に表示されるまで、おそらくわずか数分しかかからないでしょう。では、フィリピンにいる家族は、その瞬間に現地通貨であるペソをすぐに使えるのでしょうか。実は、送金の依頼を受けることと、実際に受取人へ現地通貨を支払うことの間には、目に見えないいくつもの作業が存在しているのです。
画面上の一回の操作を分解してみる
送金する人が日本円を支払うと、まず送金事業者は「誰が、誰に送るのか」という本人確認と送金先の確認を行います。受取側が実際に手にするペソの金額を示すためには、その時点での為替レートと手数料も計算して決定しなければなりません。次に、受取先の現地の銀行や電子ウォレット事業者へ、「誰にいくら支払ってください」という指示を正しく伝えます。
しかし、ここで重要になるのが、「支払うべきペソの資金そのものが現地になければ、いくら正しい指示が届いても受取人はお金を引き出したり使ったりできない」という点です。つまり、「送金指示という情報」が届くことと、「実際の資金」が移動することは、全く別のプロセスなのです。
もし送金事業者が受取国(この場合はフィリピン)に自社の拠点を持たない場合、海外の提携事業者や現地の銀行に支払いの作業を依頼することになります。このように、銀行が他の銀行に口座を持ち、お互いに支払いを取り次いでもらう仕組みを「コルレス銀行(コルレス契約)」と呼びます。これは国境を越える国際送金を広く可能にしてきた伝統的な方法ですが、相手先とのデータ照合、各国の営業時間の違い、中継手数料などの費用、そして資金の厳密な管理が必要です。送金のスピードは、単に経由する銀行の数だけで決まるわけではありません。「どの通貨を、どのタイミングで確実に用意できるか」という資金繰りこそが、とても大切な要素となります。
あらかじめ外国にお金を置いておく理由
家族に今すぐペソを渡したいのであれば、送金事業者やその提携先が、あらかじめフィリピンの口座にペソの資金を置いておくという方法があります。「今週はこれくらいの送金があるだろう」と見込んで、事前に現地の通貨を準備しておくわけです。これによって現地ですぐに支払いを始めやすくなります。
しかし、この方法にはデメリットもあります。送金に使われるまでの間、そのペソは他の用途に回すことができず、資金が固定されてしまいます。予想より送金の依頼が多ければ資金不足になって送金が滞り、少なければ無駄な資金が余ってしまいます。対象となる国が増えれば増えるほど、「どの通貨を、どれだけ、どこの国に置いておくべきか」という資金管理の問題はどんどん大きくなっていきます。
利用者が支払う国際送金の費用も、スマートフォンの画面に表示される手数料だけではありません。実は見えないところで、為替レートに含まれる差額、現地での事務作業にかかるコスト、そしてこのように「あらかじめ資金を置いておくための負担」が大きく関わっているのです。一方、受け取る側にとっては、途中の仕組みよりも「最終的にいくらを、いつ使えるようになるか」が最も重要です。したがって、送金の仕組みを本当に改善しようと考えるならば、単に画面上の操作や通信を速くするだけでなく、その裏側にある「資金の置き方や移動の仕組み」まで深く目を向ける必要があります。
Rippleの歴史へつなぐ問い
後にRipple社が掲げることとなる「価値を情報のように動かす(Internet of Value)」という目標は、まさにこの「情報の伝達」と「実際の資金の移動」の間にある大きな隔たりを解決するために向けられました。
ただし、注意していただきたいのは、初期に誕生した「RipplePay」、2012年に稼働を始めたブロックチェーン技術「XRP Ledger」、銀行向けに提供されたソフトウェア製品、ネットワークである「RippleNet」、そして暗号資産「XRP」を橋渡しとして使うサービスなどは、それぞれ登場した時期も、果たそうとした役割も異なります。
本書では、いきなり技術の解説に入るのではなく、まずは現在の送金の仕組みと課題をしっかりと確かめ、それからRippleの各技術が「送金プロセスのどの段階を、どう変えようとしたのか」を順番に見ていきます。次節では、「送金の指示(情報のやり取り)」と「資金の決済(実際のお金の移動)」という2つの要素を、さらに分けて詳しく考えていきましょう。