2019年10月、Ripple社はそれまで展開してきたエンタープライズ製品の体系を大きく見直しました。暗号資産XRPを利用して送金資金の流動性を調達する仕組みは、これまでの「xRapid」という個別製品名から、「On-Demand Liquidity(ODL:オンデマンド流動性)」という新たな名称へと移行しました。
この変更は、単に製品の呼び方を変えただけの表面的なリブランディングではありませんでした。「RippleNet」という単一の共通プラットフォームへの統合と、それに伴う金融機関の導入プロセスの進化という、同社の事業戦略における極めて重要な転換を反映したものでした。
3つの個別製品から「共通プラットフォーム」へ
まず、それ以前の製品体系を振り返ってみましょう。Ripple社は2017年8月、国際送金ネットワーク「RippleNet」を支えるソリューションとして、目的や対象の異なる3つの製品を発表していました。
- xCurrent:従来のコルレス銀行関係を利用して送金を実現したい銀行や決済プロバイダー向けに、インターレジャー・プロトコル(ILP)を応用した双方向メッセージングとリアルタイム決済を提供する製品。海外口座の事前資金(ノストロ口座)を用いて送金を処理します。
- xRapid:同じく銀行や決済プロバイダー向けに、暗号資産XRPをブリッジ資産として活用することで、オンデマンドに流動性を調達し、ノストロ口座の残高や資本コストを削減する製品(2018年10月に商用提供を開始)。
- xVia:大企業や中小企業、小規模銀行などの送金依頼側(ネットワークユーザー)向けに、RippleNet上のパートナー銀行を経由して送金を行うための標準化された単一のインターフェース(API)を提供する製品。
発表当時、これらは「x系プロダクト」と呼ばれる個別の製品ラインナップとして対外的に説明されていました。しかし2019年10月、Ripple社はウェブサイトの構成を一新し、従来の個別プロダクトという枠組みから、「RippleNet」という単一のネットワーク基盤を中核に据える共通フレームワークへと再編を行いました。
xRapidから「ODL」への再定義とフレームワークの統合
この共通プラットフォーム化に伴い、それまで独立した製品として扱われていた「xRapid」は、RippleNet上で選択できる流動性のオプション機能「On-Demand Liquidity(ODL)」へと再定義されました。
新たなフレームワークでは、まず土台として「RippleNet」という共通のネットワーク基盤が存在します。送金の事前検証、双方向メッセージング、取引ステータスのリアルタイム追跡といった送金処理の基本機能は、すべての参加機関に共通のプラットフォームとして提供されます。
その共通基盤の上で、決済に必要な流動性の調達方法(流動性スキーム)として、次ののいずれかを、コリドー(送金回廊)や利用条件に応じて選択できる構造へと整理されました。
- 従来通り現地の口座にあらかじめ資金を預け入れておく「事前資金調達(プレファンディング)」
- 暗号資産XRPを介して送金の瞬間に即座に調達する「オンデマンド流動性(ODL)」
また、「ODL」という名称への移行は、サービスが解決する実務上の課題をより的確に表すものでもありました。「xRapid」という名称は単なる「送金の速さ(スピード)」を連想させがちでしたが、送金事業者が直面していた最大のボトルネックは、通信処理の速度以上に「送金に備えて世界各国の銀行口座に多額の資金を縛り付けておかなければならない」という流動性コストでした。「必要なときに、必要な場所で、必要な分だけ資金を調達できる」という実務上の本質を明確に打ち出したのが、On-Demand Liquidityという名称でした。
金融機関にとってのシームレスな移行
プラットフォームの共通化とODLへの移行がもたらした最大の意義は、金融機関が「シームレスにXRPの利用へ移行できるようになった」点にあります。
暗号資産を取り巻く法規制や取引所の流動性環境は、国や地域、通貨ペアによって大きく異なります。ある送金コリドーでは暗号資産を利用した決済インフラが整備されていても、別のコリドーでは現地の法制度や規制上の制約により取り扱いが難しい場合があります。
送金メッセージングなどの基本システムが同一プラットフォームとして共通化されたことで、金融機関は次のような段階的かつ現実的なアプローチをとることが可能になりました。
- 基本接続:まずはRippleNetの共通基盤を導入し、既存の使い慣れた流動性スキーム(事前資金)で安全に送金業務を開始する。
- ODLへのスイッチ:特定の送金コリドーにおいて各国の規制基準が満たされ、暗号資産取引所の流動性環境が整った段階で、基盤システムを大幅に変更することなく、流動性オプションをODLへとシームレスに切り替える。
すべての地域で最初から暗号資産の利用を求めるのではなく、まずは標準化された決済ネットワークとして金融機関の参加を広げ、環境が整ったコリドー(送金回廊)からオンデマンド流動性へと順次スイッチさせていく――。2019年におけるプラットフォーム統合とODLへの名称変更は、XRPの実用化を現実の国際金融実務に適合させるための、極めて合理的で洗練されたアプローチでした。
出典・参考資料