XRP Ledgerが技術として稼働するようになっても、実際にそれを利用して送金を行う相手がいなければ、決済の仕組みとして成り立ちません。そこで開発元であるOpenCoinは、この決済技術を一体「誰」に届け、「どの業務」を変革できるのかを模索していきました。当初思い描いていた個人向けの電子決済というイメージから、やがて銀行や送金事業者が担う「国際決済」の現場へと、事業の重心が移っていくことになります。この方向転換を理解するためには、単に台帳の処理速度だけに目を向けるのではなく、既存の銀行口座や金融システムとどのように結びついていったのかを見ていく必要があります。
技術を誰に届けるか
普段私たちが利用する銀行の窓口やその裏側では、顧客の預金残高を正しく記録し、本人確認や制裁対象者のチェックを行い、必要に応じて通貨を両替し、さらに取引終了後には帳簿の記録を照合するという、膨大で緻密な業務が行われています。たとえ分散型台帳がわずか数秒で取引を確定できる性能を持っていたとしても、それだけで銀行側のこうした実務が自動的に完結するわけではありません。
金融機関が現場で活用するためには、自社の既存の勘定系口座や業務フローにそのまま接続できるソフトウェア製品、万が一のシステム障害に対応できる保守体制、そして何より企業として責任を負える明確な組織の存在が欠かせないのです。OpenCoinは、単なる台帳ソフトウェアを公開するだけにとどまらず、銀行や市場参加者が自発的にネットワークへ加わりたくなる具体的な「理由」と環境を整えようとしました。
当時の動きは、よく言われる「銀行を不要にする会社」から「銀行に技術を売る会社」へと単純に変わったというよりは、「どの問題を、誰と一緒に解決しようとしたのか」という視点で捉えるほうが、事業の変化の本質が見えてきます。銀行が求めていたのは、送金処理の速さだけではありません。受取人が間違いなく実在することの確認、資金が確実に相手へ払い出される保証、そして金融規制を遵守するために必要な取引記録の保管など、極めて厳格な要件でした。ターゲット顧客を銀行と定めたことで、会社の役割は単なる技術の改良にとどまらず、金融機関との提携を増やし、日々の運用体制を地道に構築していく仕事が中心となっていきました。
2014年の銀行との接続
こうした取り組みが実を結び始めたのが2014年です。同年5月、Ripple Labsはドイツの革新的なネット銀行であるFidor Bankが、Rippleプロトコルを統合すると発表しました。さらに9月には、米国のCross River BankおよびCBW Bankの2行が、国際送金業務に向けて技術を採用する契約を結んだことを発表します。これは、台帳が持つ将来の可能性を語る段階を越えて、銀行という具体的な顧客とのビジネス関係が初めて生まれた大きな節目となりました。
ただし、ここで注意しておきたいのは、「契約締結」や「システム統合」の発表があったからといって、その日から一般顧客向けの送金がすべて商用として動き出したわけではない、という点です。それぞれの銀行がどのような範囲でシステムを導入し、実際にいつから取引に使い始めたのかについては、対外的な発表内容と実際の運用状況とを切り分けて、冷静に見極める必要があります。
とはいえ、ひとつの銀行がつながるだけでも、送金のルートは確実に広がります。しかし、それを真の意味で実用的な「ネットワーク」へと育てていくためには、どの国の銀行がどの通貨を取り扱い、両替に必要な流動性資金を誰が用意し、障害が起きた際にはどこが責任を持って対応するのか、といった細かなルール作りが不可欠です。会社の仕事は、台帳プログラムを作ることそのものから、世界中の金融参加者同士をつなぎ合わせるオーケストレーター(まとめ役)の役割へと大きく広がっていきました。
資金調達が示す事業の方向
2015年5月、Ripple Labsは2,800万ドルのシリーズA資金調達を発表しました。時期としては第4章で扱う内容より少し後になりますが、2012年から2014年にかけて同社が推し進めてきた「金融機関向け路線」の正しさを裏付ける重要な出来事です。この発表の中には、提携先の銀行だけでなく、市場で通貨の流動性を提供するマーケットメーカーや、グループ内の資金を一元管理する企業の資金管理(トレジャリー業務)といったプレイヤーも登場するようになります。
この資金調達は、単に「いくら集まったか」という金額の大きさだけで成長を測るべきではありません。投資家から調達したその資金を使って、どのような製品を開発し、どのような参加者のネットワークを広げようとしていたのか、その事業の方向性を読み解くことが大切です。次章では、当時の銀行が国際送金において具体的にどのような問題に直面していたのか、そしてRippleがその課題を解決するためにどのような技術を開発していったのかを詳しく見ていきます。