前章では、XRP Ledgerを開発した人々が「OpenCoin社」を設立し、その技術を実際のビジネスへと育て始めたところまでを見てきました。では、国境を越える国際送金をスピーディにするこの仕組みを、一体誰に使ってもらえばよいのでしょうか。Ripple社が次に向き合ったのは、日々、送金人から依頼を受けている「銀行」でした。
送金人は、受取人にいくら届くのかを知りたい
たとえば、日本の企業が海外の仕入先へ代金を支払うとしましょう。送金を依頼する時点で知りたいのは、窓口で自分が支払う金額だけではありません。「相手の口座に実際いくら入るのか」「到着までに何日かかるのか」、そして「もし途中で送金が止まってしまったら、誰に確かめればよいのか」といった確かな情報です。しかし、送金元の銀行だけでは、これらに正確に答えられないこともあります。
相手国の銀行と直接の取引関係がない場合、送金は中継銀行や現地の提携先を経由します。それぞれの金融機関で営業時間や事務手続き、手数料の取り決めが異なるため、途中で確認作業が発生します。通貨を交換する段階で為替レートが変動すれば、最初に示された金額と実際の受取額に差が生じることもあります。私たちが「1回の手続き」だと思っている海外送金の裏側には、複数の銀行の帳簿をまたぐ処理があるのです。
取引の少ない通貨同士を交換するとき
日本円と米ドルのように取引が活発な通貨ペアでは、必要な金額を交換してくれる相手を比較的見つけやすくなります。一方、取引の少ない通貨同士では、両替相手や受取国で支払う現地通貨を確保しにくい場合があります。
両通貨を直接交換できなければ、米ドルなどの主要通貨を間に挟んで両替することがあります。送金経路によっては、複数の金融機関が取引に関わり、その都度、為替のスプレッドや手数料が生じます。受取国での支払いに備える資金も必要です。第1章で見た中継銀行と流動性の問題は、こうした送金経路で特に表れやすくなります。銀行にとっては、単に送金を速くするだけでなく、必要な通貨を確保し、送金人に受取額を示すことも課題なのです。
銀行には、速さのほかに守るべき仕事がある
送金の速さや必要な通貨の確保に加えて、銀行には法令に沿って取引を確認する責任もあります。
銀行は、マネーロンダリングやテロ資金供与を防ぐため、送金人と受取人の身元を確認し、取引を審査しなければなりません。国際的な基準であるFATF勧告16は、銀行送金に必要な送金人・受取人の情報を送金経路に沿って伝え、情報が不足している送金にも対応するよう求めています。これは銀行送金における「トラベルルール」とも呼ばれる考え方です。また、米国の制裁規制に関わる取引では、OFACの制裁対象者との取引に当たらないかも確認する必要があります。銀行は、こうした基準を踏まえた各国の法令を守らなければならず、違反すれば規制当局から制裁金を科される可能性があります。
審査だけでなく、受取側へ届ける情報が揃っているか、手数料をどちらが負担するか、受取側の銀行がいつ支払えるかも確かめる必要があります。つまり、台帳の記録がすばやく書き換えられるだけでは、銀行が抱える問題は解決しません。送金前の条件確認から、銀行同士の情報交換、資金決済、送金後の追跡までを、一つの流れとしてつなぐ必要があります。
銀行が取引関係を縮小するとき
銀行が海外の取引先との関係を維持するには、送金の審査や取引の監視を続ける費用がかかります。取引量が少なく、費用やリスクに見合わないと判断されると、コルレス関係や送金事業者へのサービスを縮小・終了する場合があります。リスクを個別に管理する代わりに、取引関係そのものを避けるこうした対応は「デリスキング」と呼ばれます。
この問題は、個別の銀行にとどまりません。BISが2020年に公表した分析によると、2011年から2018年にかけて、世界のコルレス銀行関係は約2割減少しました。背景には、採算の見直しや規制対応など複数の要因があります。BISは、銀行間のつながりが減ることで、一部の国では送金経路が長くなり、費用や金融サービスへのアクセスに影響し得ると指摘しています。
コルレス関係が縮小した地域では、銀行や送金事業者が海外への送金経路を確保しにくくなります。その影響は利用者にも及び、中小企業が代金を送ったり、貿易金融を利用したりする機会が狭まることがあります。これは、銀行の規制対応と、金融サービスを利用できる人や企業を広げる「金融包摂」をどう両立させるかという問題です。送金技術が改善しても、本人確認や制裁対象の確認といった銀行の責任がなくなるわけではありません。
RipplePayから銀行向けの事業へ
もともと、ライアン・フッガーが考案した「RipplePay」は、互いに信頼し合える個人や事業者のネットワークをたどって価値を移動させる構想でした。
Ripple社はそこから、すでに多くの利用者から送金を任されている銀行の業務を改善する方向へ進みます。2014年にドイツのFidor Bankとの協業や、米国のCross River BankとCBW Bankの2行との契約を発表したことは、この方針が具体的に形になり始めた出来事でした。
ただし、銀行向けの技術を採用することと、暗号資産のXRPを異なる通貨の橋渡しに使うことは、この時点では別の話です。この時期にRipple社がまず取り組んだのは、銀行同士が支払い条件を事前に確かめ、送金の進行状況を追跡できるようにすることでした。
銀行間の支払いには、もう一つ、片側の通貨だけを支払って相手側を受け取れない危険があります。次節では、その外為決済リスクと対策を見ていきます。