銀行と接続できる高度な技術が完成しても、それだけで金融サービスを問題なく運営できるわけではありません。実際の金融実務では、「利用者が誰であるか」を確認し、資金の動きを正確に記録し、金融当局が定める厳しいルールを守り続ける運用が不可欠です。2015年に起きた米金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)との和解は、まさにRipple社がこの厳しい現実に直面した象徴的な出来事でした。
何についての和解だったのか
2015年、米財務省の金融犯罪取締ネットワークであるFinCENは、Ripple Labsに対する民事制裁および和解を発表しました。この対象には同社の子会社であるXRP IIの活動も含まれており、米司法省(DOJ)も関連する捜査の解決を同時に発表しています。
当時の報道の見出しだけを見ると、「暗号資産XRPそのものが違法とみなされたのではないか」と誤解して受け取られがちでした。しかし、当局の発表が中心に据えていたのは暗号資産そのものの違法性ではなく、「事業者が暗号資産を取り扱う際に果たすべき、金融事業者としての登録やマネーロンダリング対策(AML)の義務」でした。つまり、「資産の技術的な仕組み」と「その資産を売買・移転する企業が負う法的な義務」は、明確に切り離して整理して理解する必要があります。
通常、送金や両替などの金融サービスを提供する事業者は、誰がサービスを利用しているのかを本人確認(KYC)し、すべての取引記録を適切に残したうえで、疑わしい取引があれば法令で定められた手順に沿って当局へ報告しなければなりません。特に、銀行のような既存の金融機関と連携して事業を行う場合、銀行側が負うコンプライアンス義務と事業者側が担う義務をどのように分担・連携するかも極めて重要な論点となります。
どれほど送金ソフトウェアの処理速度が優れていても、「誰が誰に送金したのか」という当事者の情報を見失ってしまえば、テロ資金供与や犯罪収益などの違法な資金移動を食い止めることはできません。FinCENが問題視したのは、まさにこの点であり、Ripple Labsが米国の規則に沿った事業登録や法令順守(コンプライアンス)の手続きを適切に行っていなかったことでした。そのため、この和解には制裁金の支払いに加え、今後に向けた正式な登録手続きや、マネーロンダリング対策の管理体制をしっかりと整備・運用していくという改善条件が含まれていました。
台帳の性質を決定づけた判断ではない
この2015年の和解には、それぞれ異なる役割を持つ米国の二つの公的機関が関わっていました。FinCENは主に資金洗浄などの金融犯罪を未然に防ぐための規則を所管しており、司法省の発表はそれに関連した刑事捜査の解決を示すものでした。
ここで注意したいのは、後年に持ち上がる米証券取引委員会(SEC)との訴訟との混同です。SECとの争いは「XRPの販売が証券法上の有価証券取引に該当するかどうか」をめぐるまったく別の法的な議論です。どちらも同じRipple社に関わる出来事ではありますが、根拠となる法律も、問われた論点も同一ではありません。したがって、2015年のFinCENとの和解内容をもって、2020年以降に本格化したSEC訴訟の行方を占ったり、XRPのあらゆる取引の性質を一括して推測・決定づけたりすることはできない点に留意が必要です。
銀行向け事業に求められた現実的な対応
銀行をはじめとする伝統的な金融市場への進出という観点から見ると、この和解は「優れた技術を作ること」から「社会で広く使われるサービスとして定着させること」へと歩みを進める際の難しさを物語っています。
分散型台帳の開発者にとってもっとも重要なのは、改ざんを防ぎ取引データの整合性を保つシステム設計です。しかし、その技術を実際のビジネスとして展開する企業には、顧客の管理、流れる資金の監視、法的な契約関係、そして何より各国の金融規制への適応といった、泥臭く厳格な実務オペレーションが求められます。
既存の金融機関に自社の仕組みを採用してもらうためには、「送金スピードが速い」「コストが安い」という技術的な利点のアピールだけでは不十分です。万が一の際にどこが法的な責任を負うのか、そして国際的な規制やルールにどうやって適合するのかという、コンプライアンスの枠組みを具体的に説明できなければなりません。Ripple社にとって、ビジネス規模を本格的に拡大させていくこの時期は、まさに「規制への適切な対応そのものも製品の不可欠な一部である」という認識を強く迫られた転換点でもありました。