終章――Rippleはどのような企業になったのか

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日本から海外に住む家族へお金を送る場面を思い浮かべてみてください。私たちが銀行の窓口やアプリで日本円を支払ったからといって、その瞬間に相手の手元へ同じ現金がワープして届くわけではありません。実際には、日本の銀行から現地の銀行へ「お金を支払ってください」という送金指示を安全に伝え、異なる通貨の間で為替を処理し、最終的に現地の受取人が使える形にして届けるという、多くの複雑な業務が裏側で動いています。本書では、この一見シンプルに見える「支払い」という日常の行為を手掛かりに、Rippleが歩んできた道のりをたどってきました。

すべての始まりとなったライアン・フッガーの「RipplePay」は、人と人との信頼関係をつなぎ合わせ、IOU(「借用証書=誰かが誰かに負っている債務」)のネットワークをたどることで支払いを完了させるというユニークな構想でした。私たちが普段使っている銀行預金も、見方を変えれば「銀行が預金者に対して負っている債務」と捉えることができます。つまり、お金を動かすという行為の本質は、「誰が、誰に対して、どんな価値を負っているのか」という台帳の記録を正しく書き換えることにあると言えます。この問いから出発したという歴史こそが、その後に展開される本格的な国際送金事業を理解するための重要な鍵となります。

構想はどのように製品へ変わったか

その後、時代を経て開発された「XRP Ledger」は、分散型の共有台帳とネットワーク全体の合意(コンセンサス)によって、ネイティブ資産であるXRPを直接移転できるインフラとして誕生しました。ただし、かつてのRipplePayのように人と人の信用関係をつないでいく仕組みと、暗号技術を基盤とするXRP Ledgerのダイレクトな資産移転とでは、その設計思想が大きく異なります。

さらに重要なのは、「台帳上でデジタル資産を移せること」と、「海外にいる受取人が現地通貨(フィアット)として現金を引き出せること」の間には、依然として大きな隔たりがあるという点です。実社会の送金では、法令に基づく本人確認(KYC)や、日本円から米ドルなどへの為替交換、各国の銀行決済網との安全な接続がどうしても欠かせません。この台帳技術と現実の金融システムの間にあるギャップを埋めることこそ、Ripple社が長年事業として取り組んできた中核のテーマでした。

同社は当初、目的や役割に応じた3つの製品を提示しました。銀行同士の情報交換と台帳間決済を連動させる「xCurrent」、暗号資産XRPをブリッジ通貨として活用し送金資金の流動性をまかなう「xRapid」、そして一般企業や決済事業者が送金ネットワークへ手軽に接続するための窓口となる「xVia」です。これらはやがて「RippleNet」という共通のフレームワークに統合され、xRapidの仕組みはODLと呼ばれるRippleNetの流動性オプションへと発展しました。

そして現在、このサービスは「Ripple Payments」へと進化を遂げています。扱える資産もXRPだけでなく、従来の法定通貨やステーブルコインにまで広がり、より柔軟な企業向け総合決済サービスとして定着しつつあります。こうした製品名の変遷をたどると、表現やパッケージは変わっても、「国境を越えた支払いの摩擦をいかに減らすか」という根本課題に対して、時代に応じた最適な答えを模索し続けてきたことがよく分かります。

成長と訴訟をどう読むか

Ripple社の歴史を語るうえで避けて通れないのが、米証券取引委員会(SEC)との長期にわたる法廷闘争です。この訴訟で最大の論点となったのは、「Ripple社が行ったXRPの販売行為が、未登録の証券取引に該当するかどうか」という点でした。2023年の略式判決では、機関投資家向けの直接販売と一般市場向けの販売など、販売の形態や相手方によって結論が明確に分けられました。続く2024年には一部認定された違反に対する制裁金が決定され、2025年には双方が控訴を取り下げたことで、この大型訴訟は正式に幕を下ろしました。

ここで初心者が整理しておくべき重要なポイントは、「XRPというトークンが国際送金などの決済に技術的に使えること」と、「企業であるRipple社が過去にどのような条件や方法でそれを販売したか」は、法律上まったく別の問題であるという点です。この2つを明確に区別して捉える視点は、ブロックチェーンという先端技術が既存の法制度とどのように折り合いをつけてきたかを正しく読み解くために欠かせません。

同時に、会社の事業規模も大きく様変わりしました。Ripple社は2025年、企業評価額400億ドルの水準で5億ドルの戦略的投資を受け入れると発表しました。さらに2026年には、Ripple Payments全体での累計処理額が1,000億ドルを突破したと公表しています。

ここで数字を見る際にも注意が必要です。前者の「400億ドル」や「5億ドル」は、投資家から見た会社の企業価値評価と調達した資金の規模を示しており、後者の「1,000億ドル」は、システムを通じて動いた決済取引の累計総額を指しています。これらを企業の売上高や利益と混同せず、「それぞれが何を測定した数字なのか」を正確に読み解くことで、Ripple社の実像と成長のスピードがより立体的に見えてきます。近年の企業買収を通じて強化されたデジタル資産の保管(カストディ)、取引所機能、ステーブルコインを用いた決済、そして企業の財務管理(トレジャリーマネジメント)といった幅広い領域のビジネスも、まさにこの拡大する姿を構成する大切なピースとなっています。

価値の移動とニューエコノミーの再来

第2章で見たように、金融政策による資金供給と物価の動きは、単純な比例関係にはありません。需要が強まったときに生産や物流が追いつかなければ、価格には上昇圧力がかかります。1990年代、米連邦準備制度理事会議長のアラン・グリーンスパンは、情報技術による生産性の向上が供給力を高め、景気拡大の中でもインフレを抑える可能性に注目しました。「ニューエコノミー」と呼ばれた議論です。

Ripple社が掲げてきた「価値のインターネット」は、価値を情報のように速く動かすという構想です。ブラッド・ガーリングハウスも、この目標をRipple社の使命として語ってきました。国境を越える支払いが早く確定し、受取側が資金を早く使えるようになれば、企業は入金待ちや海外に置く資金を減らし、仕入れや生産に資金を回しやすくなるかもしれません。消費者の支払いが生産者の利用可能な資金になるまでの時間を短くすることは、需要の変化に供給側が対応するうえで意味を持ちます。

ここから先は本書の見通しです。価値の移動に伴う時間と費用を減らすことが、企業の生産性や供給への対応を支え、急激な物価変動を和らげる一助になる可能性があります。しかし、それだけでインフレやデフレ、景気循環が消えるわけではありません。物価にはエネルギー価格、労働力、設備能力、財政・金融政策なども影響します。Ripple社の技術が経済全体の物価をどの程度左右するかは、現時点では実証されていません。かつてのニューエコノミーの議論を踏まえながら、決済の改善が実体経済にどこまで届くのかを、これからも確かめていく必要があります。

改めて強調しておきたいのは、Ripple社という民間企業は「XRP Ledger」そのものではなく、またXRPという資産も「Ripple社の株式」ではないという基本原則です。しかし同時に、両者が互いに深く結びつき、支え合ってきた歴史を切り離して語ることもできません。

お金を送る側から受け取る側まで、一体誰が取引を記録しているのか。必要な通貨はどこで、どのように調達されているのか。そして、支払いはどの瞬間に確定するのか――。

今後、Ripple社や暗号資産市場で新しい製品の発表や大手金融機関との提携といったニュースを目にしたときは、ぜひこの根本的な問いに立ち返ってみてください。その取り組みが既存の仕組みのどこを改善し、金融の未来をどう塗り替えようとしているのかが、鮮明に見えてくるはずです。

出典・参考資料