2012年、XRP Ledgerを設計・開発した技術者たちのもとに、金融テクノロジー分野で事業を立ち上げてきた実績を持つクリス・ラーセンが合流します。当時の課題として、「分散型台帳が安全に取引を確定できること」と、「既存の銀行が実際の送金業務へ導入できること」との間には、まだ大きな隔たりがありました。この新しい技術を誰に届け、誰が責任を持ってシステムを運用し、各国の金融規制にどう対応していくのか。そうした実務や事業開発を一手に担う組織として設立されたのが「NewCoin」であり、同社は間もなく「OpenCoin」へと名前を改めました。
技術を作る人と事業を作る人
デイビッド・シュワルツ、ジェド・マケーレブ、アーサー・ブリットの3人は、ビットコインのようなマイニング(採掘)を必要とせず、迅速に取引履歴を合意・確定できる革新的な台帳を作り上げました。一方でラーセンは会社経営を引き受け、その最先端の技術を保守的な金融機関の実務へと橋渡しする役割を担いました。
設立初期のOpenCoinにおける役割分担は明確でした。ラーセンがCEO、マケーレブが共同創業者兼CTO、シュワルツが暗号技術担当責任者を務め、ブリットは助言者(アドバイザー)として参画していました(※シュワルツが後にRipple社のCTOへ就任するのは、このあとのことです)。当時の4人は、台帳プロトコルの開発と会社経営という、性質の異なる業務を分担しながら前進していました。
銀行などの金融機関が新しい分散型台帳を採用する場合、単に技術が優れているだけでは足りません。既存の顧客口座と安全に接続できるのか、受取国側の銀行システムへ確実にデータを届ける通信基盤をどう構築するのか、万一のシステム障害には誰が責任を持って対処するのか、といった実務上の要件を一つひとつクリアする必要があります。これは、台帳を組むエンジニアだけでも、ビジネスを動かす経営者だけでも解決できない複雑な課題でした。初期チームに、暗号技術の専門家と金融ビジネスの経験者が揃っていた理由は、まさにこの実務的な課題を突破するためでした。
最初のRippleは一つではありません
「Rippleの創始者は誰か」という問いに対して、答えが一人の名前に定まらないことがあります。それは、プロジェクトが進む過程で、目指す技術の仕組みや組織の形態が大きく変化してきたためです。
歴史をさかのぼると、ライアン・フッガーが2004年に構想を示し、2006年に稼働した「RipplePay」が存在します。これはブロックチェーン以前の構想であり、人と人との間にある既存の「信用関係」を網の目のようにつなぎ合わせることで送金を実現しようとする試みでした。一方で、XRP Ledgerをゼロから開発した3人とラーセンが立ち上げた会社は、その後のまったく別の発展段階として登場します。つまり、フッガーによる2004年の信用ネットワーク構想と、2012年にエンジニア3名とラーセンが形作った暗号技術基盤および事業会社は、歴史的につながりはあるものの、設計思想も技術的基盤も異なる別々の段階に位置づけられます。
2012年には、ステファン・トーマスもOpenCoinへ加わりました。トーマスは、JavaScriptによるビットコインの実装である「BitcoinJS」の開発に携わった著名なエンジニアです。彼は後にRipple社のCTOを務めることになり、異なる複数の台帳同士を相互接続するための規格である「Interledger Protocol(ILP)」の開発などでも主導的な役割を果たしていきます。
その後、2013年にマケーレブは会社を去ることになりました。創業者たちが築いた初期の台帳基盤という強固な土台の上で、会社は一般消費者向けから、より明確に「金融機関・銀行向け」に特化した国際送金インフラの構築へと舵を切っていきます。それでは次に、組織の方向性の変化に伴って会社名がどのように変遷していったのか、その経緯を追っていきましょう。