ビットコインの本当の歴史

cc_banner_728x90

2008年11月 サトシ・ナカモトが論文を投稿

日本では Wikipedia にすら書いてありませんが、Satoshi Nakamoto(サトシ・ナカモト)と名乗る人物が論文を投稿したのは2008年11月1日のことです。論文は『Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System』という題名で、ブロックチェーンと Proof of Work(PoW)と呼ばれるアルゴリズムによって支払いシステム(Cash System)を実現するという内容でした。1)Wallace, Benjamin (2011年11月23日). “The Rise and Fall of Bitcoin”. Wired. オリジナル2013年10月31日時点によるアーカイブ。 2012年10月13日閲覧。

暗号通貨と呼ばれている通り、ビットコインは送金ができないデジタルゴールドを目指して作られたものでは決してありません。

 

2009年1月 ビットコインの最初の実装がリリース

2009年1月9日にビットコインの最初の実装となる Bitcoin V0.1 がリリースされ、最初のビットコインが発行されました。

 

2010年中期 サトシ・ナカモトがギャビン・アンドレセンにプロジェクトを譲渡

サトシ・ナカモトはビットコインの黎明期に100万BTCほどを採掘し、2010年にネットワーク・アラート・キーと Bitcoin Core のリポジトリを同氏が絶対的な信頼を置くギャビン・アンドレセンに譲渡しました。プロジェクトを譲り受けたギャビン・アンドレセンは2012年9月に設立されたビットコイン財団のリード・デベロッパーに就任しました。ギャビン・アンドレセンは Bitcoin Faucet の創設者でもあり、同ウェブサイトの訪問者に 5 BTC を配布していました。2)Gavin Andresen, Bitcoin Architect: Meet The Man Bringing You Bitcoin (And Getting Paid In It)“. HuffPost. 2017年12月20日閲覧。

 

2014年2月 マウントゴックス事件

これは2014年2月24日に世界最大のビットコイン取引所『マウントゴックス』が突然全取引を中止してサイトを消した有名な事件です。当時、マルク・カルプレスが同社のCEOを務めており、マウントゴックスは Ripple の考案者としても知られるジェド・マケーレブによって同氏に売却されたものでした。

 

2015年4月 ビットコイン財団の理事が内部告発

ビットコイン財団の理事 オリバー・ジェンセンが同財団が事実上の破綻状態にあることを告発しました。ビットコイン財団の年会費は、個人向けが25ドル以上、企業向けは1,000ドル以上で、同財団の資産総額は2013年度末には470万ドルでしたが、これらが消えているという内容のものでした。

同財団は、チャーリー・シュレム(シルクロード関連で逮捕・服役)、マルク・カルプレス(マウントゴックスCEO)、ロジャー・バー(リバタリアン)、ギャビン・アンドレセン(サトシ・ナカモトの後継者)、ピーター・ヴェッセンによって設立されましたが、事件当時、同財団に残っていた設立メンバーはギャビン・アンドレセンだけでした。(お金はどこに消えたのでしょうか?)

結果的に、この事件はビットコインのガバナンスに関する問題の象徴的な出来事になりました。

 

2015年8月 ギャビン・アンドレセンとマイク・ハーンが Bitcoin XT をリリース

ブロックサイズに起因したビットコインのスケーラビリティ問題を解決するため、Google出身のコア開発者のマイク・ハーンギャビン・アンドレセンがブロックサイズを拡張した Bitcoin XT をリリースしました。しかし、ビットコインネットワークのハッシュパワーを独占する中国人マイナーがこれに賛同せず、この提案は採用されませんでした。

 

2016年1月 マイク・ハーン「ビットコインはもうダメです。」

2016年1月、ハイク・ハーンはビットコインプロジェクトの問題を内部告発し、プロジェクトを離脱しました。

同氏は声明の中でグレゴリー・マクスウェルの行動に関して警鐘を鳴らしました。これはグレゴリー・マクスウェルが会社を設立して開発者を雇い、ビットコインを支配しようとしているという衝撃的な内容でした。(このマイク・ハーンによって発せられた声明は、現在においてもビットコインプロジェクトの内情を知るための重要な資料となっています。)

このマイク・ハーンの声明についてギャビン・アンドレセンは「マイクは悲観的過ぎる。」と楽観的な見解を示しました。

 

2016年5月 クレイグ・ライトがサトシ・ナカモトだと名乗り出る

2015年12月、Wired と Gizmodo の2社による並行調査で、オーストラリア人のクレイグ・ライトがビットコインの発明者である可能性が指摘されました。Wiredの報道の数時間後、オーストラリア連邦警察はクレイグ・ライトのシドニーの自宅と関連する事業所に踏み込みました。AFPによれば、この捜査はオーストラリア国税庁の調査の一環だったとのことです。しかし、その後の報告は、同氏が巧妙なでっち上げに巻き込まれたという重大な懸念を示しました。

2016年5月2日、クレイグ・ライトは自分がサトシ・ナカモトであると名乗り出ました。その主張はビットコイン財団のジョン・マトニス事務局長により裏付けられ、同氏は「クレイグはブロック#1で新規に生成されたコインとブロック#9で新規に生成されたコインに紐づく秘密鍵を使用してメッセージの署名と検証を行った。」と述べました。

また、BBCの取材に対してクレイグ・ライトは「最初のビットコイン取り引きとして2009年1月にハル・フィニー(暗号研究者)に10ビットコインを贈るのに、このブロックを使った。」と説明しました。

そして、サトシ・ナカモトの後継者であるギャビン・アンドレセンも、クレイグ・ライトがサトシ・ナカモトであると認めました。

※クレイグ・ライト氏は自身が望んでサトシ・ナカモトであると名乗り出たのではありません。だから、あなたが彼に対して「お前はサトシ・ナカモトじゃない。」と誹謗中傷する必要は全くありません。

 

2017年6月 ギャビン・アンドレセン「グレゴリー・マクスウェルをコミッターにしたのは大きな失敗だった。」

その後、マイク・ハーンが警告した通りビットコインは悲惨な運命を辿ることになりました。そして2017年6月、遂にギャビン・アンドレセン「グレゴリー・マクスウェルにコミット権限を与えたのは大きな失敗だった。」と発言しました。

 

2017年8月 ビットコインキャッシュが誕生

その後もビットコインのスケーラビリティ問題は泥沼の様相を呈してきましたが、2017年8月1日にブロックサイズを拡張したビットコインキャッシュが誕生しました。サトシ・ナカモトからビットコインプロジェクトを継承したギャビン・アンドレセン、ビットコイン財団の共同設立者のロジャー・バー、中国最大のマイニング工場の経営者でマイニングチップの主要な供給者のジハン・ウー等はビットコインキャッシュの支持を表明しました。

ギャビン・アンドレセン:
「ビットコインキャッシュこそが私が2010年に取り組み始めた(価値の保存と交換手段を備えた)ものです。」

 


ロジャー・バー:
「トップはBCHやイーサリアム、もしくは他の通貨に代わると思いますが、少なくともBTCではありません。」
「私自身はBTCや、彼らのBTC拡張に関するアプローチ、言論の自由を尊重しない社会的なアプローチに対して好意的ではありません。」

 

2017年12月 Bitcoin.comの共同創業者がビットコインを全て売却

Bitcoin.comの共同創業者 エミール・オルデンバーグが保有するビットコインを全て売却し、ビットコインキャッシュに乗り換えたと発表しました。同氏は「ビットコインは今一番危険な投資だ。極度に高リスクだ。最近、持っていたビットコインを全部売却しビットコインキャッシュに乗り換えた」、「人々はビットコインの動作法を理解すればすぐに、ビットコインから離れる」と述べました。

cc_banner_728x90

出典・脚注   [ + ]

1. Wallace, Benjamin (2011年11月23日). “The Rise and Fall of Bitcoin”. Wired. オリジナル2013年10月31日時点によるアーカイブ。 2012年10月13日閲覧。
2. Gavin Andresen, Bitcoin Architect: Meet The Man Bringing You Bitcoin (And Getting Paid In It)“. HuffPost. 2017年12月20日閲覧。