2025年5月15日、米ニューヨーク南部地区連邦地裁のアナリサ・トーレス判事は、Ripple Labsと米証券取引委員会(SEC)が共同提出していた「指示的判断(indicative ruling)」の申し立てを手続き上不適切として却下した。この申し立ては、既に確定している2024年8月の最終判決を取り消し、和解契約に沿った形での制裁金減額および差止命令の解除を裁判所が認める意思があるかを示してもらうことを求めたものだった。
■ 和解内容と判決の矛盾
RippleとSECは2025年5月初旬、長期にわたる法廷闘争を終結させるために和解契約を締結。その内容は、Rippleに対する差止命令の解除および1億2,503万ドルの制裁金を5,000万ドルに減額するというもので、当事者間の契約としてはすでに法的拘束力を持っている。しかし、これらの和解条件は、すでに確定している第一審判決と明確に矛盾しており、和解を履行するには裁判所記録上の判決を正式に取り消す(vacate)必要があるという法的制約が残っている。
両当事者は、第一審判決の取り消しを前提としつつ、控訴審中であることを踏まえてRule 62.1(指示的判断)の枠組みを利用。トーレス判事に対し、「審理権が戻った場合には判決を取り消してくれるかどうか」という仮の見解を求めた。
和解契約 vs. 判決:なぜ裁判所の命令は契約で消せないのか
裁判所の命令は、公的な司法判断(judgment)であり、私的契約(settlement agreement)とは異なる法的性質を持つ。和解によって当事者が合意したとしても、その内容が記録上の判決と矛盾する場合は、裁判所自身がその判決を取り消すか修正することが必要である。この原則により、今回のSEC対Ripple訴訟でも、「裁判所の記録から命令を取り消して初めて、和解契約が完全に履行される」という状況が生まれている。
■ 地裁は「Rule 60による正式な手続きが必要」と判断
トーレス判事は命令文の中で、両当事者がこの申し立てにおいて判決取消しの根拠規定であるRule 60(連邦民事訴訟規則60条)に一切言及していないことを指摘。さらに、Rule 60(b) に基づいて判決を取り消すためには、「例外的状況(exceptional circumstances)」の存在が必要であることを強調した。
その上で、今回の申し立ては「単なる和解を反映したい」という主張にとどまり、判決取消しを正当化する法的要件を満たしていないとして、手続き的に不適切(procedurally improper)であると結論づけた。
■ 和解後の判決取り消しは制度上可能、ただし高いハードル
米連邦民事訴訟では、判決確定後に和解すること自体は制度上認められている。また、和解内容が判決と矛盾していても、それを理由にRule 60(b)(6)に基づく申し立てを行い、裁判所に判決の取り消しを求めることは理論上可能である。
ただし、1994年「U.S. Bancorp Mortgage Co. v. Bonner Mall Partnership」の米最高裁判例により、「和解したことのみを理由に判決を破棄することは原則として認められない」という原則が確立しており、取消しを認めてもらうには、和解の履行やSECの現在の執行方針が判決によって重大に妨げられているなどの「例外的状況」を示す必要がある。
■ 今後の展望:控訴取下げ後のRule 60申し立てか
SECとRippleはすでに控訴審手続きを取り下げたとされており、控訴裁判所による正式な却下命令と差戻し(mandate)が出されれば、第一審での審理権(jurisdiction)が回復する。その時点で両当事者は、改めてRule 60(b)に基づく正式な申し立てを行い、判決の取消しと和解履行の実現を目指すとみられる。
一方で、SECとRippleが要求しているのは基本的に和解合意に基づく一審判決の罰金額の変更であり、この要求が通ったとしてもトーレス判事の「過去の機関向け販売が証券法第5条に違反した」という判決の意味が変わるわけではなく、Rippleがそのルールの下で事業を継続するという点はこれまでと変わらないことに留意が必要である。
【補足解説】「指示的判断(indicative ruling)」とは?
指示的判断とは、控訴中の事件において、第一審裁判所が「審理権が戻ってきた場合にこう判断するつもりです」と仮に表明する制度で、Rule 62.1に基づいて運用される。今回は、RippleとSECがこの制度を利用して、地裁に仮判断を求めたが、正式な取消申し立てではなかったため却下された。
■ GiantGoxの考察
結局のところ、SECとRippleが裁判所で行っている手続きは2025年5月8日に締結された和解契約を履行することを目的としたものであり、この手続きの成否にかかわらず、過去の「機関向け販売」がHoweyと照らし合わせて証券法第5条に違反したという結論は変わりません。「5条違反の差止命令」についても、訴訟手続きの中でRippleと判事が言及したとおり「法律の文言の単純な繰り返し」であり、その文言の有無に関わらず、米国企業が証券法第5条に違反してはいけないというルールに影響を与えるものではありません。
Nothing in today’s order changes Ripple’s wins (i.e. XRP is not a security, etc). This is about procedural concerns with the dismissal of Ripple’s cross-appeal. Ripple and the SEC are fully in agreement to resolve this case and will revisit this issue with the Court, together. https://t.co/vBQdBD3FNe
— Stuart Alderoty (@s_alderoty) May 15, 2025
よって、ここでRippleの最高法務責任者が「本日の命令は、リップル社の勝訴(XRPは証券ではない等)に何ら影響を与えるものではありません」とコメントしていることが事実です。SNSで拡散されている「裁判所がSECとRippleの和解案を却下した」という情報はただの嘘であり、これまでと同様に風説の流布による相場操縦を目的としたデマであることに注意が必要です。